「固定残業だから、何時間働いても残業代は出ない」
「基本給に残業代も含まれてる」
「○○手当は残業代として払ったものだから、残業代は出ない」
会社からこのようなことを言われると、それが正しいと思ってしまうのは無理もありません。
しかし、会社がこのようなことを言っている場合でも、必ずしもそれが正しいというわけではありません。
固定残業の制度は、正しく運用されていなければ未払残業代を請求できる可能性があります。
このページでは、固定残業代の基本的な考え方、具体例、誤った固定残業代の見分け方について解説します。
【こんな方におすすめ】
☑ 毎月支払われる給与の金額が変わらない。
☑ 「役職手当」、「営業手当」、「技術手当」、「運行手当」、「管理職手当」など、手当は支給されているが、なぜ手当が支給されているか分からない。
☑ 「基本給に残業代を含む」と規定されているが、それ以上細かい規定がない。
1 残業代の基本的な計算の仕方
まずは、固定残業代の制度がない場合の残業代の計算方法を確認しましょう。
労働基準法37条では、会社が、残業(1日8時間超、週40時間超)や休日・深夜労働に対して、割増賃金を支払うことを義務付けています。
(残業代の具体的な計算方法はこちらのページをご覧ください)
では、法律が決めた計算方法以外の方法で残業代を支払うことが禁じられているかというとそうではなく、法律に従って計算した金額以上の金額を支払うのであれば法律には違反しません(最高裁平成30年7月19日、日本ケミカル事件等)。
このように、法律が義務付けているのはあくまで計算方法だけであり、支払方法までは義務付けていないという考え方を前提として、これからご説明する固定残業代という制度が利用されるようになりました。
①「固定残業代」とは
固定残業代とは、法律で定義されている言葉ではありませんが、「名称によらず、一定時間分までの時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金として定額で支払われる賃金」(基発0731第27号H29.7.31)と考えられています。
会社が決めた時間分を残業したものとみなして支払われるため、決められた時間より実際の残業時間数が少なくても固定額が支払われます。
反対に、決められた時間を超えて残業をした場合は、超過分だけ加算して支払われる必要があります。
②「固定残業代」を設けるメリット
固定残業代を導入するメリットは、一般的に以下のとおりと言われています。
【従業員から見たメリット】
従業員の立場から見た固定残業代のメリットは、業務効率のモチベーションが上がるという点です。
固定残業代制のもとでは、定時に業務を終えても、残業をしても、給与の金額に違いは出ないため、「効率よく仕事をして早く帰宅しよう」と考えるようになります。
ダラダラ業務を行う従業員と効率よく業務を行う従業員がいた場合、固定残業代を導入することによって、不公平感がなくなるというメリットもあります。
【会社から見たメリット】
まず、給与計算の手間を大幅にカットできるというメリットがあります。
法律に従った計算をするとなると、個々の従業員の労働時間を基に1円単位で計算をする作業が毎月発生することになります。
もちろん、このような給与計算の作業は一般的に行われていますが、給与計算をする人員が少ない企業では、毎月の給与計算の手間は非常に大きなものとなります。
そこで固定残業代を導入することで、この給与計算の手間をなくし、他の業務に人員を配置することが可能となるというメリットがあります。
また、規定の時間内であれば、残業時間数の増減にかかわらず人件費は一定となるため、人件費を大まかに把握することが可能となるというメリットもあります。
2 固定残業代の具体例
「固定残業代」の支払い方には大きく分けて2つの方法があります。
固定残業分が基本給に組み込まれている場合(基本給組み込み型)と、基本給とは別に手当として支給されている場合(手当支給型)です。
(1)基本給組み込み型
基本給の中に、時間外や休日出勤に対する残業代が含まれているとされるケースです。
例えば、「基本給25万円(残業代20時間を含む)」のように規定されている場合です。
基本給組み込み型の場合、基本給である部分と割増賃金に該当する部分が混在しますので、「どの部分が割増賃金に該当するか」を明確に区別できる必要があります。
漠然と「基本給に残業代を含む」と言われても、「どこまでが基本給で、どこからが残業代なの?」という疑問が生じてはいけないということです。
そして、明確に区別されていない場合には、固定残業代とは認められませんので、一切残業代が支払われていないものと扱われます。
(2)手当支給型
割増賃金が、定額の手当として支払われているケースです。
具体例としては「残業手当は30時間分の時間外労働、休日、深夜労働に対する賃金として支給する」という規定が置かれている場合です。
もっとも、「役職手当」「営業手当」「技術手当」「運送手当」「管理職手当」のように、名称からは固定残業代と見られない手当が固定残業代と規定されているケースもあります。
このようなケースでは、その手当が時間外労働や、休日、深夜労働に対する対価として支払われたものといえるかが判断の分かれ目となります。
仮に、手当が時間外労働等の対価として支払われたものといえない場合、その手当は固定残業代とは認められず、未払い残業代が発生します。
この判断方法は複雑であり、裁判上問題となっているケースが多数存在します。
3 固定残業代の問題点
固定残業制度には複数のメリットがあり、正しく運用がされていれば労使双方にとって有益なものとなります。
しかし、固定残業代の制度を正しく運用するためのルールは複雑であるため、誤った運用がなされている(=法的に固定残業代が支払われているといえない)ケースも散見されます。
中には、意図的に固定残業代制度を悪用し、携帯電話の使い放題プランのように「働かせ放題」の状況を作っている会社も目にします。
ご自身の会社が固定残業制度を採用していたとしても、適正に運用されているかどうかを見極めることが重要です。
4 固定残業代が支払われていても請求できるもの
これまでの解説をふまえ、ご自身の給与を見返した結果、固定残業代が正しく支払われていたと考えられる場合、既に支払われた分は残業代として受け取っていることになります。
もっとも、固定残業代が規定する時間よりも、実際に残業していた時間数が多い場合、超過部分については割増賃金が発生します。
もし、規定時間を超過しているにもかかわらず、追加して支払いがされていないようでしたら、不足部分の請求を検討してみてください。
5 まとめ
「基本給に残業代込み」「技術手当3万円は時間外労働を含む」というような取り決めがあったとしても、これが法的に有効な固定残業といえるかは分かりません。
固定残業代として毎月定額が払われても、正しく運用されていない、決められた時間より長時間残業していれば、残業代を請求できる可能性があります。
固定残業代になるかどうか、適切に払われていたかどうかの判断は、複雑で難しいです。
「固定残業が支払われているから請求できない」、「みなし残業があるから未払いはない」と思い込まず、とりあえず弁護士にご相談されることをおすすめします。