遺言書を作成する前に最低限知っておきたいこと|自筆証書、公正証書、秘密証書遺言

「遺言書」を書くという経験のある人は少なく、「周囲で遺言書を作成した人を見たことがない」という方も珍しくありません。

日本全国でどの程度の遺言書が作成されているかですが、公正証書遺言の作成件数が毎年10万~11万件程度(令和5年は11万8981件)、自筆証書遺言については件数を把握することはできないものの、法務局で自筆証書遺言を保管する制度の申請件数が年間2万件であることを考慮すると、年間12万程度の方が遺言書を作成していることになります(1人で何回も遺言書を作成される方もいるため、正確な数字は算定できませんが)。

この数字を見ると、遺言書を作成するということが特異なことでないことはご理解いただけるはずです。

近年は、終活の一環として遺言書を作成する方、遺言書まではいかないにしてもエンディングノートを作成される方も増えています。

もっとも、遺言書を作成する必要性は何となく理解できるとしても、実際に作り始めるとなると何から始めていいかも分かりません。

そもそも、遺言書を作成する必要性があるかどうかもはっきりしないということもあるでしょう。

そこで、本ページでは、遺言書の作成を意識し始めた方を対象に、そもそも遺言書を作成する必要があるのか作成をするにあたってどのような方法があるのか具体的に何をすればいいのかについて解説していきます。

最低限知っておくべきことをまとめたものとなりますので、細かい話、深い話は意図的に省いていますが、本ページを読むことで遺言書についての大まかな知識を得ることができずはずです。

目次

遺言書を作成する必要がある場合

そもそも、遺言書は何のために作るものでしょうか?

以下のような状況にある場合、特に遺言書を作成する必要性が大きいといえます。

① 相続人の間で揉めそう

遺言書がない場合、相続人全員で遺産分割協議をする必要があります。

相続人の関係が良好であれば、協議をすることに問題はありませんが、既に不仲であって遺産分割協議を巡って紛争になりそうであれば、遺産を分割する方法をあらかじめ決めておくことで将来の紛争を回避することが可能です。

② 法律と異なる方法で財産をのこしたい

法律は、遺言がない場合に遺産をどのように分けるかを決めています(民法900条)。

(法定相続分)

第900条 同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。

① 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各2分の1とする。

② 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、3分の2とし、直系尊属の相続分は、3分の1とする。

③ 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、4分の3とし、兄弟姉妹の相続分は、4分の1とする。

④ 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。

法律が決める割合(配偶者:子=1/2:1/2配偶者:直系尊属=2/3:1/3配偶者:兄弟姉妹=3/4:1/4)と異なる割合(例:配偶者:子=2/3、1/3)で遺産をのこしたい場合は、遺言でそのように取り決めておかなければなりません。

また、法律が相続人としていない人、例えば、「内縁の妻、夫」や「子の配偶者」については、遺言書を作成しなければ、遺産をのこすことができません。

③ 特定の相続人に相続させたい財産がある

遺言書を作成していない場合、遺産は相続人全員で共有する状態となりますので、例えば、兄弟2人が相続人の場合に実家の土地建物があるケースでは、土地建物の権利を兄弟でそれぞれ2分の1ずつ持つことになります(この状態では不動産を処分することができないため、遺産分割協議をする必要があります。)。

もっとも、遺言を作成する方が、「土地建物を、兄に相続させたい」、「事業用の株式や社屋の権利を事業承継する相続人に集中させたい」など、特定の財産を特定の相続人にのこしたいという希望がある場合、遺言でその旨を決めておかなければなりません。

④ 遺言書を作成する必要性が小さい場合

ここまで遺言書を作成する必要性が大きい場合を見てきましたが、逆に必要性が小さい場合を挙げるとすれば、

 法律で決まった相続人が1人だけであって、その相続人が全ての遺産を受け取ることで構わないと考えている場合

 既にプラスの財産は全て使い切っており、何も残すものがないことが確実である

 生前に財産や事業の承継は既に完了している

といった場合です。

遺言を作成できる人、遺言書でできること

遺言を作成できる人・できない人、遺言でできることについて見ていきましょう。

遺言を作成できる人(遺言能力)

遺言を作成するためには、

  • 15歳以上であること
  • 意思能力(正常な判断能力)があること

が必要です。

意思能力を欠いた状態で作成した遺言は無効となりますので、「遺言を作成した当時、意思能力がなかったのではないか」といって、遺言が無効であると争われることがあります。

遺言でできること、遺言でしかできないこと

遺言書は、記載方法について決まりがありますが、逆にその決まりを守っている限り、記載内容も作成する人の判断に任されます。

ただし、遺言に記載した内容のうち、法律上の効力を持つ事項は限られます。また、遺言で決めなければ法律上の効果が認められない事項もあり、このような事項については遺言以外で規定したとしても、法律上の意味のない無意味なものとなってしまうため、注意が必要です。

① 遺言のみで決められる事項

遺言のみで決められる事項(遺言以外では決められない事項)は以下のものです。

  • 相続分の指定
  • 遺産分割方法の指定
  • 遺産分割の禁止
  • 遺留分侵害請求に対する負担者の順序
  • 未成年後見人、後見監督人の指定
  • 相続人相互の担保責任

② 遺言でも決められる事項(遺言以外でも決められる事項)

  • 遺贈
  • 財団法人の設立
  • 子の認知
  • 推定相続人の廃除、その取消
  • 信託法上の信託の設定

遺言書の種類

遺言書の作成方法ですが、日常生活の中で遺言を作成する「普通方式遺言」と、特殊な状況で作成する「特別方式遺言」に分類できます。

特別方式遺言が作成されることは実務上稀である(病気等で命の危険が迫っている場合など)ため、以下「普通方式遺言」について見てきましょう。

「普通方式遺言」には、①自筆証書遺言②公正証書遺言③秘密証書遺言の3つがあります。

① 自筆証書遺言

自筆証書遺言とは、文字通り、「自分の自筆で作成した遺言」です。

遺言を作成した人が「遺言の全文、日付、氏名」を自署し、署名の下に捺印する必要があります。

この方法を守らなければ、遺言の効力が無効となってしまう可能性があります。

作成上の注意点

自署、捺印の点以外、法律は作成上の決まりを設けていません。

但し、作成後の紛争を回避する観点から、以下の点に注意する必要があります。

  • どのような紙に作成しても構いませんが、適当な紙だと偽造や変造が疑われますし、時間の経過と共に文字が読めなくなってしまうおそれがあります。便箋などに記載するようにしましょう。
  • 鉛筆や消せるボールペンで記載した場合、偽造・変造の可能性が出てしまうため、ボールペンや万年筆で記載すべきです。
  • 印鑑ですが、認印でも実印でもどちらでも可ですが、偽造・変造を防ぐのであれば実印が望ましいです。
  • 書き損じや間違いがあった場合、修正液や修正テープを使うことはできません。書き直すことが望ましいですが、訂正箇所を特定した上で、訂正部分に捺印する方法もあります。訂正方法を間違ってしまった場合、遺言全体が無効なってしまう恐れがあるため、慎重に対応してください。

② 公正証書遺言

公正証書遺言は、公証役場で作成する公正証書です。

公証役場で、2人の証人の面前で公証人が遺言を読み上げ内容を確認する方法で作成します。

※1高齢や病気などで公証役場に赴くことができない場合、公証人が病院等や施設等に出張してくれます(出張費が発生します)。

※2 未成年者、推定相続人、受遺者及びその配偶者・直系尊属、公証人の配偶者、4親等内の親族等は証人となれません。証人を用意できない場合、公証役場で紹介してもらえます。費用等については、公証役場に確認ください。

③ 秘密証書遺言

秘密証書遺言は、自分で作成した遺言について、内容を秘密にしたまま、その遺言書が本人作成のものであることを公正証書の手続で公証してもらうものです。

自筆証書遺言と異なり、自筆である必要はなく、パソコンで作成したものでも構いません。

公正証書遺言と同様、公証役場が関与する手続ですが、作成自体に公証人が関与するわけではなく、原本を公証役場で保管してくれることもありません。

このように、秘密証書遺言は、自筆証書遺言と公正証書遺言を混ぜ合わせたようなものですが、中途半端な手続となってしまうためか、実務上利用されることは少ないです。

自筆証書遺言、公正証書遺言のメリット・デメリット

実務上、作成されることが多い自筆証書遺言、公正証書遺言ですが、それぞれメリット・デメリットがあります。

自筆証書遺言のメリット・デメリット

自筆証書遺言のメリット・デメリットは以下のとおりです。

メリット 手軽に作成できる
 費用がかからない
デメリット 書き方を間違えると無効となってしまう危険がある
 偽造、変造されたり、隠されてしまう可能性がある
 作成した時の意思能力(遺言能力)を巡って争いとなる可能性がある
 裁判所で検認の手続が必要となる

最大のメリットは手続が簡易な点ですが、反面、書き方を誤るとせっかく作成した遺言が無効となってしまうため、注意が必要です。

なお、2020年7月に始まった自筆証書遺言保管制度を利用することで、方式の誤りや偽造、変造、隠匿のリスクは回避でき、検認の手続も不要となりますが。

一方、法務局で作成時の能力を確認することはできませんので、意思能力が争いとなる可能性は消えません。

公正証書遺言のメリット・デメリット

続いて公正証書遺言について見てみます。

メリット 作成方法に誤りがなく確実。
 公証人が遺言者と対面して作成するため、意思能力がないとされにくくなる
 長期間公証役場で保管されるので紛失の心配がない
デメリット 費用が発生する
 公証役場とやり取りを行う/公証役場に行くという手間がかかる

公正証書遺言のメリットは確実性です。

公証人が内容を確認し、読み聞かせる段階で作成者の反応を見るため(よって、公証人が作成者の意思能力がないと判断すれば作成がストップします)、法的に有効なものができあがる可能性が高くなります。

逆に、費用が発生したり、公証役場に出向いて作成するなど手間がかかる点がデメリットであるといえます。

自筆証書遺言自筆遺言保管制度公正証書遺言
手間〇(簡単に作成)×(法務局で手続)×(公証役場で手続)
費用〇(無料)△(保管申請、閲覧に費用が発生)×(公証役場に支払う手数料が発生)
難しさ×(方式を間違えると無効となるため、知識が必要)△(法務局職員が形式面のみチェックするので、内容面について知識を要する)〇(公証人が形式、内容をチェックするので、知識は不要)
確実さ×(様式違反、意思能力欠如で無効となるリスク)△(様式違反は起こりにくいが、意思能力欠如で紛争となるリスク)〇(公証人がチェックするので、無効となりにくい)
検認〇(必要)×(不要)×(不要)

このように、自筆証書遺言と公正証書遺言はそれぞれメリット、デメリットがあり、自筆遺言保管制度はその中間と見ることができます。

遺言書の作成を専門家に相談すべき理由

遺言書が効力を生じるのは、作成された方がなくなった時です。

遺言書は性質上、公にしておくものではありませんので、亡くなった際に初めて人の目に触れるということも少なくありません。

仮に亡くなった後に遺言書の効力に問題があったとしても当然ながら作成し直すことはできませんので、遺言書を作るからには確実性のある遺言書を作成する必要があります。

また、いざ遺言書を作ろうとしても「何を書けばいいのか」、「こんなことを書いても問題はないのか」など気になることはたくさん出てきます。

もちろん調べながら作成していくことも可能ですが、ただでさえ楽しくない遺言書の作成という作業を調べながら作成するストレスは大きいですし、どれだけ調べても完璧に理解したという状況にはなりません。

弁護士であれば的確なアドバイスが可能ですので、作成を考えられている方は弁護士に相談されることをお勧めします。

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